2013年6月1日〜15日
6月1日 カシミール 〔未出〕

 アシュリーは焦っているらしい。
 彼は客と暴力事件を起こした。相手は殴られて激怒した。

「アクトーレス・マクシムスとの食事をとりもったら、抱かせるという約束だった」

 結局、示談となったが、その露骨なやり口にほかの客たちは眉をひそめた。

 そこにイアンの意を受けた民主党議員が追い打ち。

「あの子はノンケだよ。ウソをついてここに来た。復讐のために入り込んだんだ」

 アシュリーを見る人々の目が冷たくなりはじめた。



6月2日 カシミール 〔未出〕

 おれは船長にせがんで、民主党議員と引き合わせてもらった。

 どうしても警察の陰謀について知りたかった。船長とふたりで愛想を言って酒を飲ませ、さりげなくアクイラの関心事、アシュリー・ロスの話題に引っ張っていった。

 議員は気さくな男で、おれたちの心配事をわかっていた。

「警察はあの小僧の親父を心底検挙したかったのさ。ミルトン・ロスという男は幼児性愛者でね。孤児院の裏のパーティーのお得意だったんだ」



6月3日 カシミール 〔未出〕

 おれと船長は目を見合わせた。孤児院の売春事件を揉み潰したのは、そういうわけらしい。

「担当した刑事たちは腹がたったろうよ。年端もいかない子どもの事件だ。映像もあったらしいが、すべて没収された。しかもパーティーはその後も続いたというんだからね」

「詳しいですね」

「おれたちは共和党の悪口にはくわしいさ。ま、どっかの意図的なリークだろうな」

 ……情報源は当の警官たちだろうか。

 おれは勇気を出して聞いた。

「警察はクリスに濡れ衣を着せたと思いますか」



6月4日 カシミール 〔未出〕

 議員は笑った。

「わかんないね。ただ、クリスをベイツ家の庭で逮捕したのはあのふたりだったよ」

 彼はとろんとした目で宙を見上げ、

「あとウサギのね」

「え?」

「トランクにあった毒ウサギ。あれの口に入っていた土の成分がクリスの家の土地と一致しないんだと」

 でも、クリスは司法取引でなんとでもなると思ってあきらめちゃったんじゃないかねえ、といった。

(でも)

 おれは頭を抱えた。

(じゃあ、あれはなんだよ。あたかも自分がやったような)

 クリスに問いただす必要がある。



6月5日 カシミール 〔未出〕

 クリスはなかなかつかまらなかった。オフィスで顔は合わせるものの、仕事がたてこんでいてふたりきりになれない。

 電話で話したいと言ったが、パーティーに招かれているらしかった。

『いっしょに来るかい?』

「事件の話をしたいんだ」

『いっしょに来な。話はナシ』

 時間と場所を指定して、勝手に切ってしまった。

(遊び人め)

 絶対におれが抱かれにくると思っている。自分の魅力にホイホイついてくると思ってる。

 おれはいったんここで我慢すべきだ。



6月6日 カシミール 〔未出〕

 パーティーはエスクィリヌス区にある広壮なドムスで開かれている。

「やあ。きれいどころが来た」

 ホストのパトリキはおれを歓迎してくれた。

「あとでチークタイムがある。勝手に帰るなよ」

 会員たちだけでなく、スタッフも大勢招かれていた。船長もいた。

「クリスは?」

「あっち」

 クリスは客たちと談笑していた。ああいう座を持たせるのがうまい男だ。みんな、笑いころげていた。

 その集団に不穏なオーラをまとった男が近づいてきた。



6月7日 カシミール 〔未出〕

「クリス」

 アシュリーの声はよく通った。座の笑いが引くように消える。アシュリーは笑みを作っていたが、その頬は白かった。

(刺す気か)

 おれは人ごみを分けて、ふたりに近づいた。クリスはグラスをあげた。

「やあ、アシュリー。楽しんでる?」

「そうでもない。おれは追い出されそうなんだ」

 アシュリーは言った。

「スタッフの悪口は自重しろって脅されてる。紹介者のジョージにも迷惑をかけているし、ここのおっさんたちは何か頼むと襲ってくるし、正直疲れてきた」

と、銃を取り出した。



6月8日 カシミール 〔未出〕

 人々がどよめいた。

「心配しないでくれ」

 アシュリーは手をあげた。

「おもちゃだ。ゲームで使ったおもちゃ。ペイント弾が出る。ふたつ借りてきた」

 彼はポケットからもう一つ取り出して、テーブルに並べた。

「こいつで決めようぜ」

 人々が騒ぎだした。

「決闘か」

「西部劇みたいに?」

「そうだ。いろいろ汚い手も考えたが、ほかの人に迷惑がかかる。わんちゃんとかね。だから、おれとあんたで決着しよう。ここにいる紳士の皆様が証人。心臓にペンキがついたほうがヴィラから出るんだ」



6月9日 カシミール 〔未出〕
 
(ばかばかしい。こんなガキみたいな挑発)

 おれはクリスを見つめ、バカなこというなよ、と強く念じた。
 
 クリスはおもちゃの銃を見おろし、考えている。彼の周囲の人間は期待をこめて見つめていた。クリスは目をあげた。

「おれが勝ったら、きみをひと晩自由にできるというのはどう?」

 おお、と人々がよろこんだ。おれは座り込みたくなった。なんで男ってこうなんだろう? アシュリーは彼を睨んでいたが、

「いいよ。そうなったら好きにしろ」

 クリスが笑った。

「決まったな。では、ここで?」



6月10日 カシミール 〔未出〕

 ホストのパトリキは困惑したようだ。

「いつか、別の場所でお願いできないかね」

「いいじゃないか、余興だ」

 ほかの客たちはすっかり面白がっている。

「中庭がいい。おふたりさん中庭へ移動だ」

「クリスに賭けるやつは?」

 おれはクリスの肩をつかんだ。

「あんた、逃げる気か」

「いやいや」

 彼はすっかり上機嫌に見えた。

「あいつ、まだ処女だからね。チャンスは有効に使わなくちゃ」

「クリス!」

 彼はおれを押しのけて中庭に向かった。人々がその背を推し包んでいく。



6月11日 カシミール 〔未出〕

 まるで芝居だ。ふたりは銃を取り、背中合わせに立った。この後におよんでも、クリスはまだ観衆にウインクしていた。 立会人が厳かに言う。

「十歩歩いたら、撃て。いくぞ」

 ふたりが歩みだそうとした時だった。

「待て。そこのバカふたり。10分待て」

 聞き覚えのある声が広間から飛んできた。金髪が人々をかきわけて現れる。

(ラインハルト? あれ)

 ウォルフも続いた。ラインハルトは息を切らして言った。

「ロス様、あなたの父上の死にクリスは関係ありません。真犯人は別にいます」



6月12日 カシミール 〔未出〕

 アシュリーは目をほそめた。ラインハルトは荒い息を吐き、

「ワシントンで、調べてきました。彼が説明します」

 ウォルフも息を整えていたが、前に出た。

「護民官府のアンワースです。お父上の事件のことで不審な点があったので、事件を調査しました。結果、真相の推測がたったのでお話したいと思います」

「聞こう」

 アシュリーはざわつく観衆に「決闘は説明の後に」とことわりを入れた。

「説明してくれ」

 ウォルフは言った。

「リーナという刑事をご存知ですか」



6月13日 カシミール 〔未出〕

 アシュリーはうなずいた。

「仕事熱心な警官だ。クリスの犯行を突き止めた」

「われわれはその男に会いました。そして、あの事件がかなり不可解なものだったと聞きました。ロス議員は自分の弾劾者とオフィスでふたりきりで会った。ボディガードさえ室内にいなかった。結果、撃たれた」

「ああ、父は大胆なバカだった」

「そうでしょうか。わたしは最初、議員がベイツを説得するためにふたりきりになったと思ったのです。ただ、その材料の見当はつかなかったのです」



6月14日 カシミール 〔未出〕

 ウォルフは言った。

「失礼ながら、金で黙らせるつもりだったのか、と思いました。が、秘書のエメット氏はそんな金の動きを把握していません。警察の捜査レポートを用意した様子もない」

「ミルトン・ロスは政治家だぜ? 彼には話術がある」

「もちろん。娘を亡くした父親を納得させるだけの話術があったかもしれません。なぜ、早くそうしなかったか、とは思いますが」

「聞きゃあしなかった! 秘書を通して何度も言ったさ!」

「では、今回はどんな材料があって説得できると思ったんでしょう」



6月15日 カシミール 〔未出〕

「……」

 アシュリーは目をほそめた。

「あんた、何を言ってるんだ?」

「自分だったらどうするか、考えたんです。簡単です。『うるさいから、片付けてしまおう』」

「……!」

「そう考えると、つじつまが合うんです。ふたりきりになって相手を殺害できるのは、議員も同じ。おそらく、彼はベイツを引き入れた後、気絶させたんです。そして、その手に銃を握らせ、それを上から掴んで引き金を引いた」

 アシュリーは無言でウォルフを見ていた。あきれはてていたが、それを口には出さずにはいた。



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